時空をかけるもぎり

 もぎりよ今夜も有難う (片桐はいり)を読んだ。

 映画の記憶は映画館の記憶、と心得ている私にとっては、掘り出し物。この本は、近現代における もぎり風俗史、映画館風土記

 この本を読むのに、取り上げられる映画作品のマニアックな背景知識などは要らない。
大事なのは、映画にかかわって働いている人たちや映画館に対する想像力。

 著者は、かつてアルバイトとして務めいたもぎり(チケットの半券をもぐ係員)のおおらかで々波乱に富んだ時代を振り返りつつながら、また、意図してあるいは偶然に、立ち寄る地域の映画館の旅情と歴史に思いを馳せる。

 商店が、個性豊かな町の通りがすたれ、均質化したロードサイド店や駅ビルが栄える現代。

 映画館も、巨大なショッピングモールのハコモノを埋めるための無個性なシネマコンプレックス系列の波が、味わい深い映画の館(やかた)を洗いつつある。イタリアの映画「ニュー・シネマ・パラダイス」に出てくるあの館のように、映画は、一時代の、地域の娯楽の殿堂を担っていたのだ。

 片桐はいりの筆致は秀逸で、私が訪れたことのない土地も目に浮かぶように書き起こし、私の覚えのある土地ならばハッとさせられることも含めて鮮やかだ。

 その点で、この本の情緒は、並行して読んでいた、東京遺産(森まゆみ)に、ある意味で、通じるものを感じさえした。

東京遺産―保存から再生・活用へ― (岩波新書)

東京遺産―保存から再生・活用へ― (岩波新書)

 この本が単行本で刊行された4年前から、すでに閉館になった映画館がある、現在進行系で無くなっている映画館がある。そしてまた、単行本刊行時後に閉館したが再開に向けて地域の者が立ち上がりつつある映画館さえある(兵庫県、豊岡劇場)。

 なお、本書が文庫版として新たに刊行されるに当たり、新たに書き足された文庫版後書き。それを読んで、東京都、キネカ大森の館主は号泣したそうである。わたしもこみ上げるものがあった。ああ、映画館賛歌。

 この本が、取り上げていない箱をいくつか挙げることができる。*1それが、意図してか、あるいは、知らずにかは、分からない。であればこそ、もぎりよ今夜も有難う、は、これからも続いていく物語なのだろう。